2008年06月30日

第10章:11〜

ある子供と父親のお話しをしましょう。

子供はいわゆる偏食でした。父も母も「コレを食べなければ大きくなれないんだよ」と小言のように言うだけでした。
もちろん効き目はありません。


しかしあるとき父はこのように考えました。

「彼は何を望んでいるのだろうか、彼の望みと自分の(偏食を直して欲しい)望みをどうしたら結びつけることが出来るだろう?」



この子供は三輪車を持っていて乗るのが大好きでした。
所が近所にいじめっ子がいて、その三輪車を取り上げて乗り回していたのでした。

それに気付いた父親は、取り上げられて泣いている子供に向かってこう言ったのでした。





「何でも好き嫌いせずに食べれば、体も大きくなってあの子よりも強くなれるんだゾ」


その子は偏食が直ったということでした。









何でもないようなお話しに聞こえるでしょう。
しかし心に葛藤がある親は、このような「何でもないようなことに」中々気付けないのです。

「これだけ言ってるのに!何で食べないんだ!」と延々怒り続けるだけなのです。

葛藤のある親は、「子供が自分の思うように動かなければ」怒りだしてしまうのです。









今日も最後までお読みくださり感謝します。
  

2008年06月27日

第10章:10〜「家では獅子、外では子羊」


子供の成功で自分の社会的地位をあげようとしている親は、子供を神経症に追いやることとなりかねません。
現実の子供を認められず、励ますどころか叱咤ばかりするのですから。

一方子供のために成功を祈ってあげられる親は、子供が例え成功しなくても子供に自信を与えるものです。

「子供を認める」ということは、何でもないことのように軽く思えるでしょうが、決してそうでもないのです。

例えば社会的に挫折し劣等感を抱えた父親や、離婚して子供を引き取って「一人でも立派に育ててみせる」と意気込む母親の姿を想像してみて下さい。

そんな親にとって最も重要なのは、自分の劣等感の処理であり子供の心ではないのです。

子供を理解するより、子供に自分を尊敬させることの方が大切だし、自分の心の葛藤を解決することに夢中になり、周りの人への配慮がまったくないようになりかねないのです。




「家では獅子、外では子羊」な父親像になってしまっている男性が多い世の中です。
それにイチ早く気付き、自らを改めることが家庭を幸せに導く方法なのです。









今日も最後までお読み下さり感謝します。
週末は多忙なため、お休みしますねm(_ _)m
  

2008年06月23日

第10章:9〜「Don'tbeyou」


情緒的に未成熟な親は、自分の思い描いた道に子供が乗らないとイライラし不機嫌になります。


そうなると子供は(親を含む)他人のお気に入りになることが、他人から認めてもらう方法だと信じてしまいます。

ありのままの自分はこうなのに…でも人は自分を認めてくれない…そうなるとついには実際の自分というものがわからなくなっていきます。





交流分析の分野では、親が子供の心を破壊するメッセージがあるそうです。
その一つが「Don't be you」です。

「(子供)あなたであってはならない」と略します。これほど惨い言葉も無いでしょう。




親の、周りのお気に入りの言葉、お気に入りの態度を取らなければ親や周りは凄い不機嫌になるとしたら、これは正に「Don't be you」になるのです。

このままだと子供は自分の感じ方、考え方を断念し自己喪失になってしまうのです。












今日も最後までお読み下さり感謝します。
  

2008年06月19日

第10章:8〜子供の魂は明日の家に住んでいる

学童少年野球の沖縄ブロック大会が始まり、パタパタしてこちらの更新が遅れましたm(_ _)m

では気を取り直して!











世界のNo.1ベストセラーと言えば【 聖書 】です。
その聖書に次ぐ売り上げを記録している本が『予言者』です。


今日はその中から筆者が抜粋している詩を紹介してみましょう。









彼らはあなたを経て(この世に)現れてきたが、あなたから生まれてきたのではない。


彼らはあなたと共にいるが、あなたに属しているのではない。


あなたの愛を与えることは出来ても、あなたの考えを与えることは出来ない。


子供は自らの考えを持っているのだから。


子供らのようになろうと努めるのは良い。しかし子供らをあなたのようにしようとしてはいけない。


あなたは彼らの肉体を家に住まわすことはあっても、彼らの魂までも住まわすことは出来ない。


子供の魂は(あなたが夢の中へ行ったとしても)あなたが訪れることが出来ない、明日の家に住んでいるのだから。












子供の魂に目を止めることの出来る親に、子供がしたいことを見抜き、やらせてあげる親になれるように!
  

2008年06月12日

第10章:7〜子供が望むものを認める


「ベストを引き出す」という本からの抜粋です。



子供の生まれつきの才能や得意なものが何であるのか、しっかり観察するのが大切です。
そしてその方面へ誘導してあげるのです。

スポーツマンだった父や、スポーツが大好きな父なら、フットボールよりチェスの方が好き!という息子を理解するのは難しいかも知れません。

でもその子に自信をつけたいと思ったなら、フットボールではなくチェスなのです。

一つのことが上手くやれないと感じたままなら、他のことは上手く出来るわけはありません。
逆に一つのことが上手くやれたのなら、他のことだって上手くやれると思うものなのです。







親はどうしても子供に「こうなって欲しい」という自分の期待に気を奪われがちです。
しかしそれでは子供自身が「何を望んでいるのか」を考えなくなりがちになるのです。

ことに自分が叶えられなかった望みを子供に達成させようとすれば尚更なのです。







子供が未知の世界に旅立とうとするとき、新しい何かに挑戦するときに、「分かった、お前なら出来る、やってみろ!」と励ますことの出来る親…そのような親が子供に自信を与えていけるのです。










今日も最後までお読み下さり感謝します。
  

2008年06月10日

第10章:6〜認めてあげ続けた野球小僧

認めてあげて叱咤激励を繰り返した一人の野球小僧を紹介します。










僕が比屋根タイガースという少年野球チームのコーチになったのは2007年の6月でした。
もう1年になります。


「低学年の子供を見て欲しい」と監督に頼まれ一つ返事で了承しました。
今考えても何故この子供に目が止まったのか不思議ですが…ライトを守っていたK君に目が止まったのです。

それはひどい守備でした。ライトに転がってきた普通の打球をトンネルしてホームランにしてしまうのはもちろん、簡単なフライも取れません。

ある日僕はそのK君を呼びこう言いました。

「ファーストはとても重要な位置だ。誰もが出来るポジションじゃない。
(今ファーストを守っているもう一人の)Kと勝負する気があるか?もしあるから自分が責任を持って鍛える」

K君はひとつ返事で「ハイ!」と言いました。もちろんするからには厳しく当たることを告げます。

さぁ、そこからこのK君は誰よりも僕に叱咤され続けました。体で張って止める強さが無いといけないし、ボールを最後まで見続けないと捕球出来ません。

ライトゴロをトンネルしてた子…でも僕には「この子はやってくれる!」という自信みたいなものがありました。
それはK君の素直な所と一生懸命な所を感じたからなのかも知れません。

しかし元々守っていたもう一人のKも簡単に明け渡すはずがありません。
ライバルとなった二人は刺激し合いました。
ときには二人のモチベーションが下がらないような工夫(魔法の言葉(^_-)をかけます。



(クリスチャンの僕が魔法という言葉を使用してはいけないんですけどね(^^;)雰囲気的に使いました)

ある日監督がK君を応援に来ていた母親に向かってこう言いました。

「(K君の)お母さん、(自分です)コーチは息子さんをファーストにしようと鍛えよていますよ!」


そして遂にK君はファーストの定位置を奪うまでに育ちました。
それだけではありません。野球で一番難しいキャッチャー、ピッチャー、サード、ショート…何処でも守れるタイガースの中心選手に育ってくれています。
(4年生の副キャプテンに任命しています)









恐い態度で接するも認めてあげて、時には序盤で交代させる厳しい態度で接しても認めてあげて、そうやって育ててきた結果、K君は自信あふれる子供へと返信したのです。

何より彼の、誰よりも真面目な態度と、言われたことを吸収する姿勢が今の彼を育んだのは言うまでもありません。

あの時の自信が無かった彼は何処にもいません。








認めてもらえる中で育った子は、自分を大事にするのです。
自分を信じてくれている大人がいれば、自分を信じることが出来るのです。









今日も最後までお読み下さり感謝します。
  

2008年06月06日

第10章:5〜未知の世界にこそ可能性はある


博物学者と鷲の話のつづきです。


「飛んでごらん」と励ます博物学者に対し鷲は当惑します。
鶏と一緒に行動しようとすることを選ぶのです。

しかし学者は諦めません。翌日屋根の上に鷲を連れて行き同じことを言います。

だが鷲はまたしても鶏の餌を求めて地上に降りたのでした。

翌々日、学者は鷲を高い山の上に連れて行きます。そこで頭上高く指を差し上げて同じように言うのでした。

鷲は周囲を見回し、鶏がいる納屋を振り返り、空を見ます。しかしまだ飛びません。

最後に学者は鷲を抱きかかえ、太陽に向けて差し出します。

鷲は体を震わせて、ゆっくり翼を広げると、遂には雄叫びをあげ、典に舞い上がって行ったのでした。







この博物学者は「勇気を与える人」です。

鷲が鷲である限り自信を持つのであって、もし鷲が鶏として生きることを選んでいたのなら、自信の無い生き方をする結果に陥っていくのです。









この話では鷲が飛ばずに鶏の中に戻ることを、未知の自分と未知の世界を恐れているからだ!と説明します。








僕らは未知の自分を恐れ、未知の世界を恐れるものです。自分の知らない心の世界です。


他人の意志に従って生きている人が多い中にある現在の僕らは、自分の意志で生きることを恐れるようになります。
他人の意志に従う方が安心で楽なのですから。

しかしそのような人は、自分の意志で何かを決めなければならなくなると、不安で夜も寝られなくなるでしょう。

それが山の上にまで登っても、納屋を振り返り飛ぼうとしなかったあの鷲なのであり、僕らの姿なのです。











このあと、僕の学童野球指導経験談をお話しますね。
  

2008年06月05日

第10章4:〜博物学者と鷲と

「Born to win」という本に次のような話が出てきます。
もちろん実際にあった話ではありません。しかし自分たちに照らし合わせられる内容になっていますので見ていきましょう。
(今日は前編とします)









ある人が森の中を歩いていて一羽の(雛)若い鷲を見つけます。
その男はその鷲を捕まえ帰宅して納屋に入れます。

鷲は周りの鶏の餌を食べ、鶏と同じように行動するようになっていきました。


そこに博物学者が通りかかりこの光景を見て、
「これは鷲だ!」
と主張します。

しかし飼い主は、鶏と同じように訓練してきているし、飛ぶことを学んでいないし、もう鷲では無い!と反対してきました。
そこで博物学者はそっと鷲を抱き締めてこう言うのでした。







「You_belong_to_the_sky_and_not_to_the_earth.Stretch_forth_your_wings_and_fly.」



お前は地の者ではないんだよ。お前は天の者だ。羽を伸ばして飛んでごらん。と囁くのです。








和を重んじる日本という国では「出る杭は叩かれる」傾向が強くなります。
しかも他人の意見に同調していた方が楽だし、逆に周りに反して自分の意見を強く出すと嫌われてしまい、実力に見合わない場所に曝され続けることにもなりかねません。




博物学者に励まされる鷲はどのように思ったことでしょう。続きは明日書きますね。










今週前半は多忙でした。久し振りなのにも関わらず読んで下さり感謝します。
  

2008年05月30日

第10章3:〜人生は自分自身のもの


自分は自分、他人は他人ということが感じられる人が心理的に大人ということです。
そのように感じることが出来るようになれば、他人が自分のことをどう思っているか…などということで自分を追い詰め自分を傷付けることは無くなります。


もちろん親子であってもそうです。長嶋茂雄氏、野村克也現楽天監督という偉大な野球選手を父に持った一茂氏と克則氏は、果たしてどうだったでしょうか。


二人の息子共に野球の道を選びプロ野球選手になりました。
しかし成績の方はまるで及ばず引退後は一茂氏はテレビ、克則氏は楽天のバッテリーコーチとして歩んでいます。

では両父親はどうだったでしょうか。

「僕の息子だからしっかりさせないと!一流にしてあげるんだ!」


…とは接していません。もちろん父親として彼らが何かアドバイスを求めた時は、親身になって聞き教えたでしょう。
父親である彼らには共通したものがあったのです。


「息子は息子。彼らに僕らのような本塁打王や首位打者にならなきゃ!というような余計なものはいらない。
それは彼らが努力して掴まなければならないものだから。
例え彼らが並み以下の選手の成績しかおさめられなくても、私たちは恥などとは露ほども思わない。
私たちは野球人としての息子ではなく、息子自身を愛しているのだから。」








きっとそのように温かい目で見守ってきたはずです。

周りの目を気にしたり、息子を自分の願うように(スパルタなどで)引っ張っていってはいないのです。

この天と地を創られた神様は、人間が一人一人違うようにされました。
元が違うのに他人と比較してしまう親がいるならば、その親は愚かなことをしているのです。

もちろん人には、子供には無限の可能性が秘められています。夢を追い続けることは素晴らしいことです。

しかしそれは、あくまで子供が自分の意思で選んだことのみに限るのです。親は子をコントロールする管制官では無いのです。







自分の人生は、誰のものでもない、自分自身のものだということ、子の人生もまた子自身のものだということを、僕らはいつも自分に確認しておく必要があるのです。










今週もありがとうございました。土日は完全OFFです。また来週お会いしましょう。

神様からの豊かな恵みがあなたの上に注がれますように。
  

2008年05月27日

第10章:2〜子供が好きなことを見付ける手助けをする


あるお話をしましょう。主人公はインディアナ生まれの青年で、石切りを生活の糧にしている家庭に育てられました。
そんな彼ですがやがて人生の岐路に立ちます。それは大学進学をすべきかどうか…でした。


大学進学適性検査の成績も良く、入学の許可がおりました。しかし青年は迷っていました。
近所では誰もが石切りの仕事に就いており、子供はみな親のあとを継ぐのです。
考えた結果、青年は大学へ行かず家にとどまって石を切る毎日を過ごしました。

しかし人は表情や態度の節々に出るものなんですよね。青年になった息子を見ていた彼の父親はある日彼を連れ出します。
場所は、青年が受かったあの大学でした。そして二人の親子は正面階段に立ちました。







「お前が見ているこの石な…この大学を建てるときに私が切ったものだ」と、父親は息子の肩に腕を回して言いました。
そして石切りの仕事に誇りを持っていることなどを話ました。
しかし青年は彼が予想もしなかったことを、彼の父親から聞かされることになるのです。


父は続けました。

「私は石切りだ。そしてずっとお前を見てきた。お前は…石切りには向いてないな、うん。」


「えっ?」



「石切りになる必要は無いのだよ。お前はお前がなりたいものになればいい。
自分が本当に好きなこと、本当に望むことを見付けるのだ。そうすればもっと違う生き方が出来る。
立ち上がって自分の進む道を行きなさい」








親が、ある年齢に達した子供にしてあげる最高のことは、子供が本当に好きなことを見付ける手助けをすることなのです。


このような父親のもとで育った子供は幸せなのです。





今日も最後までお読み下さり感謝します。
  

2008年05月26日

第10章〜認めてもらえる中で育った子は自分を大事にする


子供を認めてあげるということはどういうことでしょうか。
それは親である自分が、子供の意思を尊重出来ること、子供の本当の気持ちに気付いてあげること、決して親の気持ちを押し付けることではないことなのではないでしょうか。


通常ある年齢までは親がサポートしてあげます。
習い事やスポーツなど、友達がやっているからとか兄姉たちがやっているからと、それを見ると子供は自分もやってみたくて仕方ありません。

そうやって興味を持ったことに対し、手助けをして見守ってあげるのが親ですよね。

しかしそれをずっと続けるかどうかは子供の意思にかかってきます。
そのときに「親がなって欲しいから」と半ば押し付けるように導くと親子の間に亀裂が生じてきます。

以前にコメントを残してくれたメタボオヤジ様の例を挙げましょう。

野球を続けていた息子さんが高校に入学して選んだ道は音楽でした。
ベースやギターに夢中だそうです。
小学校から続けていた野球の経験を考えると、もったいない!と思ってしまうのが親であり僕ら大人ではないでしょうか。

しかし子供はそれが楽しくてしょうがないのです。
メタボオヤジ様はかなりショックを受けたことでしょう。しかし彼の偉さは息子の意思を尊重してあげたことです。
これにより「父は野球をやっている僕を認めているのだ」という思いが「父は野球をやらない僕でも認めてくれたのだ」に変わるのです。

そうなると子供は自分に対して自信を持つようになってくるし、何かをやっている自分じゃなく一個の自分自身を愛してくれているんだ!と感じるようになるのです。











今日も最後までお読み下さり感謝します。